今までいくつかの計算をしてきたが,そのうちの2,3をここで紹介する. (他の教員の紹介文と毛色が違っていると思いますが,少しでも関心のある方 は以下を読んでみて下さい.)

(1) $L$をヘルマンダー型の2階の微分作用素とする: $L = \frac{1}{2} \sum_{i=1}^n V_i^2 + V_0$. ここで $V_0, \ldots, V_n$ は $d$次元ユーク リッド空間上の滑らかなベクトル場でヘルマンダー条件をみたすものとする. 我々の問題は,熱方程式 $\frac{\partial}{\partial t} = L$ の基本解を $p(t,x,y)$としたとき

  • Diagonal, i.e., $x=y$,
  • Offdiagonal, i.e., $x \not= y$

のときの $t\to 0$での$p(t,x,y)$ の漸近挙動である.

Diagonal のときは,ベクトル場 $V_0$ の寄与の大きさに応じて $p(t,x,x)$ の漸近挙動が drastic に変わることを論文[1]で発見した(この事実は,その 後 L\'eandre-Ben Arousの研究により忘れ去られた感がするが,最初にこの現 象を見つけたのは紛れも無く,高信です!).

 論文[1]:
Diagonal short time asymptotics of heat kernels for certain degenerate second order differential operators of H\"{o}rmander type,
Publ. RIMS, Kyoto Univ. (京都大学数理解析研究所紀要), 24巻, 169--203, 1988.

Offdiagonal のときの結果は,論文[2]である.これは,一般論を提供する 結果である.

 論文[2]:
Asymptotic expansion formulas of the Schilder type for a class of conditional Wiener functional integrations (渡辺信三 氏と共著),
Pitman Research Notes in Math. Series 284巻, Longman, 194--241, 1993.

今(も),気になっているのは次のことである.生成元が$n$, ステップ2の自由 巾零リー群 $N_{n,2}$は,$\frac{n(n+1)}{2}$次元ユークリッド空間として 実現できる.このとき,$N_{n,2}$のリー環(即ち左不変なベクトル場全体)は, 適当なベクトル場 $V_1, \ldots, V_n$ に対して, $V_i, [V_j, V_k]$ ($1\leq i \leq n, 1\leq j< k\leq n$) によりspanされる.この $V_1, \ldots, V_n$ に対するヘルマンダー型の微分作用素 $L$ について,熱方程式 $\frac{\partial}{\partial t} = L$ を考え,それの基本解 $p(t,x,y)$ の offdiagonal の場合の漸近挙動を完全に調べ上げることが問題なのである. $N_{2,2}$はハイゼンベルグ群でこれについてはすでに分かっている. $N_{3,2}$も$N_{2,2}$と同様.$N_{4,2}$については,植村英明 氏(愛知教育大) による部分的な結果はあるのだが,肝心なところがまだ残っており,これを埋 めることが差し当りの目標である.是非とも解決したいものだと思っている.

(2) 杉田洋 氏(大阪大学大学院理学研究科)は,概複素抽象ウィナー空間 $(B,H,\mu,J)$ の正則除外集合の概念を定義し,次のようなことを指摘した:

「$B$-値ブラウン運動 $(Z_t)_{t\geq 0}$は,(確率 $1$)で時刻$1$まで決し て正則除外集合に hit しない.」

有限次元空間上のブラウン運動は,

「時刻$1$まで hit しないならば,時刻$1$以降も決して hit しない」

という性質をもつ.では,このような性質を$(Z_t)_{t\geq 0}$ももっているのだろうか?

この問いについて,我々は論文[3]において,反例を具体的に作ることにより, 一般には成り立たないことを示した.これを示す際に,我々は Getoor-Sharpe の conformal martingale の性質を用いた.

 論文[3]:
Accessibility of infinite dimensional Brownian motion to holomorphically exceptional set (杉田 洋 氏と共著),
Proc. Japan Acad. (日本学士院紀要), 71巻, Ser. A, 195--198, 1995.

(3) 整数 $x, y$に対して,$x$ と $y$ が互いに素ならば $1$, そうでないな らば $0$ を返す関数を $X(x,y)$ とすると,ディリクレより

$$ \lim_{N\to\infty} \frac{1}{N^2} \sum_{m,n=1}^N X(x+m,y+n) = \frac{6}{\pi^2}, \forall (x,y) \in \mathbb{Z} \times \mathbb{Z} $$

となることが知られている.ここで $\mathbb{Z}$ は整数全体の集合を表わす.

この収束は,$\mathbb{Z}$を適当にコンパクト化し,それを $\hat{\mathbb{Z}}$ と表わしたとき,確率空間 $(\hat{\mathbb{Z}},\lambda)$ ($\lambda$は$\hat{\mathbb{Z}}$の平行移動 に関して不変は確率測度,即ち,ハール確率測度)上での概収束,所謂,大数 の強法則,となるのである.

すると,次はこれの中心極限定理スケーリングについてである:

「$Y_N(x,y) = N \left( \frac{1}{N^2} \sum_{m,n=1}^N X(x+m,y+n) - \frac{6}{\pi^2}\right)$ の $N\to\infty$ のときの挙動はどうなっている のか?」

通常の極限定理の類推より,これは正規分布に収束するのではと思いたくなる. しかし,答は「No!」

これが論文[4]での結果である.$Y_N(x,y)$ は $N$が無限大に発散する様(さ ま)に応じて,異なるものに収束する.この様(さま)を定量的に測るものさし が次で与えられる $\mathbb{Z}$上の擬距離 $\tilde{d}$である:

$$ \tilde{d}(x,y) = \sum_{m=1}^{\infty} \frac{1}{2^m} (1 - 1_{p_m | x-y}), x,y \in \mathbb{Z}. $$

(ここで $\{p_m\}_{m=1}^{\infty}$ は素数を小さい順に並べて得られる数列, また,$p | x-y$ は $x-y$ が $p$ で割り切れることを表わす).このものさ し $\tilde{d}$ により,無限大に発散する自然数列 $\{N_k\}$ と $\{M_k\}$ が $\tilde{d}(N_k,M_k) \to 0$ or $\not\to 0$ に従って

$$ \lim_{k\to\infty} Y_{N_k}(x,y) = \lim_{k\to\infty} Y_{M_k}(x,y) $$

or

$$ \lim_{k\to\infty} Y_{N_k}(x,y) \not= \lim_{k\to\infty} Y_{M_k}(x,y) $$

となるのである.

 論文[4]:
The probability of two integers to be co-prime, revisited --- on the behavior of CLT-scaling limit (杉田 洋 氏と共著),
Osaka J. Math., 40巻, 945--976, 2003.

次のような予想がある:

「無限大に発散する自然数列 $\{N_k\}$ が $\tilde{d}(N_k,0) \to 0$ なる ものとするとき,容易に $\lim_{k\to\infty} Y_{N_k}(x,y) = 0$ となる.こ のとき,その標準偏差 ($=$ 分散の平方根)で renormalize したもの(の 分布)は,標準正規分布に収束する.」

これを示すのが,現在の問題であるのだが思ったよりも難しくて,只今,休眠 中です.

(4) 2004年の8月に,確率論サマースクールで rough path analysis について の講義をしました.そのときの予稿に手を入れてまとめたノートが,

http://www.math.kyoto-u.ac.jp/probability/sympo/PSS04.html

にあります.もし,よかったらご覧下さい.何故にして,小生が rough path analysis の講師を引受けたのかが,そのノートの"はじめに"に書いてありま す.